木質ペレットの歴史 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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欧米でのペレット生産は、70年代前半と80年代の二つの石油危機がきっかけとなって、生産が開始されました。これは石油の代替燃料として木質ペレットの高い品質に注目が集まったためです。ところが、その後石油価格が回復し始めると、ペレットの価格が相対的に上がってしまったため、消費者のペレット離れが生じてしまいました。以後しばらくの間あまり生産されずにいました。 しかし、90年代に入ってからは再び生産活動が盛んになってきました。これは、地球温暖化防止やエネルギー安全保障の問題、灯油価格の上昇などに対して、先進的な国の政府がとった奨励策(環境税・機器導入補助・普及啓発活動など)が効果を表し始めたからです。具体的には電気暖房や灯油システムがペレットシステムへと転換されました。政府が奨励していない場合でも、ペレット燃料のもつ環境イメージや価格優位性によってペレットのマーケットは急速に拡大しています。これらのことはペレット燃料の輸出入に端的に表れています。現在、多くの国でペレット燃料は灯油や天然ガスとの熾烈な価格競争にさらされていますが、環境的な視点や、品質の高さ、扱いやすさの点などから、ペレットの需要は確実に伸びていっています。 日本でも欧米と同様、ペレットの導入は2度の石油危機がきっかけでした。82年には国内での生産が企業化され、その後は生産量も順調に増えていき、最盛期には生産量27,722トン、30工場近くが操業していました。しかし石油価格の下落が起こったことにより、代替燃料としての価格メリットが失われてしまった結果、一般に広く定着するには至りませんでした。他にペレット燃焼機器が技術的に未熟であったことも、定着できなかった問題点の一つであったと考えられています。 現在、日本国内では、岩手県・葛巻林業、徳島県・ツツイ、高知県・須崎燃料の3工場が稼動中で、年間生産量は2,300トンとなっています。
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